2010年4月8日

リサイタルの絵


イギリス生活の最後には、それまで出会った人たちへの感謝の気持ちを込めて、自宅でリービング・パーティー&展覧会を開いた。
この家は借りるにはなかなか苦労した(学生の私には高額なデポジット、要求されたたくさんのリファレンス)し、とくに面白い町にあるのでもなかったが、がんばって借りたかいのある、とてもいい家だった。イタリア人大家さんの趣味で、あの広さの家にしては素晴らしいキッチンがあり、イギリスに来たきょうだいに温かいごはんを作ってあげられたし、三人で住んでいた間は、二人でいるときよりもっと、数々の美味しい料理を皆で楽しく食べた。静かで落ち着いた環境だったので、普段はキッチンのテーブルで、天気のいい日にはかわいい庭でたくさん本を読み勉強したし、自分にとって重要なものも二つ書いた。また、時間や周りを気にせずかなり自由に音が出せたので、チェロやフルートは意義ある練習ができて上達したとも思う。たくさんの友人がお茶に寄ったり、ごはんを食べにきたり、合奏しにきたり、泊まりにきたりし、昨年末にはもうひとり来て楽しいクリスマス&お正月を過ごした。
家の思い出を語るのに、階下のフランス人のお姉さんを忘れるわけにはいかない。明るくて、陽気で、思いやりのあるお茶目な人で、私たちは彼女の存在に随分元気を貰ったものだ。

つい懐かしくて前置きが長くなってしまったが、昨日ようやく完成した絵は、この家のリービングパーティー&展覧会に向けて描いたのである。題名は、「リサイタル」。チェロとピアノによるリサイタルの会場を描いた。それは、とてもいいコンサートだった。80人くらいお客さんが来て、会場に人が入りきらず、多くの人は立って聴いていた。でも誰も文句もいわず、皆が演奏を楽しんでいた。チェロは明るく華やかでピアノは力強く、春一番が吹いたような清々しいコンサートだった。ブラームスのチェロソナタ第1番とブリッジの Spring Song の演奏をとくに今もよく覚えている。
そのときの写真と会場の雰囲気の記憶をもとに描いたのがこの絵だが、イギリスで展示をしたときにはまだ完成したような気がしていなかった。主には、チェロの色と形が思ったように出せず、不満だったのである。

そのチェリストには、感謝している。簡潔にいえば、彼に出会って人生が楽しくなった。厳しいことを言われて落ち込んだこともあるけれど、チェロも、語学その他の勉強も楽しくなったし、なにより存在そのものが、自分の殻に閉じこもっていた私の内面を大きく拡げてらくに呼吸できるようにしてくれた。

日本に帰ってこの2ヶ月の間に、絵は思っていたよりも傷んでいた。二日かけて全部の箇所に手を入れて修正をし、チェロを描き直して完成とした。絵のトーンが全体に暗くなってしまったのはいまの気持ちの有り様が出たのだが、ともあれ完成したことは素直に嬉しい。

あの家ではこれ以外にもたくさん絵を描いた。それぞれ厳しい時期ではあったのだけど、イギリス生活の最後に、支えあって明るく穏やかな気持ちで暮らせたことが、いまも自分の強さになっていると感じる。一緒に暮らした二人にとってもそうであることを願って止まない。






*この絵はその後もう一度手を入れ、プロフィール写真に載せてあるものになっています。

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