2010年8月24日

チェロ日記

昨年の夏、イギリスでダーティントン音楽祭に初めて参加し、自由に音楽を楽しむことの素晴らしさを味わった。あれから一年が経った。自分の身にいろいろなことが起こり、幸せな思いも苦しい思いも経験した一年間だった。ダーティントンの一週間は、もうずいぶん昔のことのように思える。

今年の夏は、フランスへ行き、チェロを習っている先生が主催するサマーコースに参加した。美しい南仏の村での一週間のチェロ合宿。
参加者の半分は、去年ダーティントンのL先生のクラスで会ったチェロ仲間。その全員が目覚ましく上達していて、再会の喜びはより大きいものとなった。技術的には皆まだまだ途上だが、一人ひとりが誰の真似でもない自分の音楽を出せるようになっていた。個のある音には心を動かされる。それが人に良きものをもたらすような個性であればなおさら。

L先生に習い始めて一年半が経った。チェロの技術を積極的に改善する、楽譜に書かれたことについて考え弾いてみる、そういうプロセスが少しずつ身に染み込んできたのを感じる。以下、今回学んだことを書いてみる。


・基本方針

楽譜を読んで全体の方針を定め、目的に叶った技術ができるようになるまで練習する。一つ一つの音に気を配り、ビブラート、弓の抜き方、間のとり方なども含めてどうプロジェクションするかシミュレーションする。演劇の役者になったつもりで、舞台を意識して練習する。「仮面をかぶるのよ。私は、沙都子。(by 北島マヤ)」
でも、そこまで準備したら、実際に通して演奏する時は、音楽そのものの力、弾いている空間、聴いている人たちにゆだねる。


・楽器の構え
皆で演奏している写真を見ていて気がついたのだが、私は楽器をほかの人より低い位置で構えており、結果指盤寄りでしか弾けないし、弓先に行くにつれて肩も上がってしまうような構えになっている。肩が上がらないようには気をつけなければいけないが、構え方である程度改善が望めそう。楽器を上から抱き込むように座って腕を積極的に楽器に乗せるほうがいいのかもしれない。先生のエンドピンの長さと身長を自分と比較してみると、今の私のエンドピンは少し長すぎるかもしれない。


・右手
今年の1月までは右手のことばかり言われてきたが、今回は、弓の持ち方や右手の親指が反ってしまう癖について指摘されなかった。鏡を見たりビデオを撮ったりして練習してきたのが良かったと思う。でもまだ長い時間弓を持っていると持ち方がおかしくなることがあるので、引き続き注意したい。


・小指のビブラート
今回言われ続けたのがビブラート、とくに小指のビブラート。チェロのビブラートはヴァイオリンとは違って腕からかけるのだが、小指となると左腕全体が緊張してしまう。左手の肘の角度や親指の位置などを改善する必要がある。


・弓とポジション移動の速度
弓の使い方は大きな課題となった。狙った音を最適な位置で出せるように、時には素早い弓使いが必要だが、私の弓は自分なりのテンポで動いていることが多く、その動きは大抵のろい。でも、だからといって素早く直線的に弓を動かすのではなく、常に弧の動きを意識する。急がば回れ(?)
ポジション移動も同じで、あっ、と思ったときにはもう移動が間に合わなくて慌てふためいて全身に緊張が走るというパターンが頻出。


・プロジェクション
先生からも身近な人からも指摘されたことだが、私はこれまで自分の興味あること全てのベクトルが内側に向かっていた。これには強い自覚がある。小さい頃から興味があること好きなことはいろいろあるのだが、その全ては一人でもできることであり、実際一人で楽しんだり熱心に考えたりしてきた。でもその楽しみを人にどう伝えるかについてはまったく無頓着だった。妹たちや友達と遊ぶのは楽しかったけど、そういう時間は自分ひとりの興味とは接点をもたなかった。だから、大人になっても、オーケストラやアンサンブルでチェロを弾いて全くの他人と一緒に何か作ることは面白いと感じるが、一人でひとつの音にこだわって何時間も弾いている喜びを演奏という形に昇華して人に伝え、人と楽しみを共有する可能性があるとは思っていなかった。すべては独り言のような演奏だったのだろう。
それが、この一年くらいの間に変わってきた。音楽について(いや、その他のことも)相談したり、話し合ったりする中で、自分の意見を言いたいと思うようになった。たとえ変に思われても失敗してもやってみようと思うようになった。小さいときみたいに理不尽に先生に叱られることもないし。先生が、「思うように安心してやってみなさい、そのための技術は私に任せて。」という絶対的な許容を与えてくれたことで、チェロを弾くことが本当に楽しくなった。私を穴ぐらから世界に引っ張り出してくれた。人はほめられて認められて伸びるという、書いてしまうとシンプルなことを実現できる先生は偉大だ。
フランスに行く前になって、自分の演奏を聴いてほしい、この曲をできるだけ自分の理想に近い形で伝えたいと思うようになった。閉じこもらないで、勇気を出して自分がやってきたことを見てもらおうと思った。レッスンでは、演奏をするときには役者になったつもりでプロジェクションをしなさい、と今までより一段階進んだ指導を得られた。金曜日に内輪の発表会で弾いたときには、今までの中では一番良く弾けたと思う。そして、自分の中に閉じこもらずに気持ちを外に向けて弾いたことは、聴いてくれた人にちゃんと伝えられたみたいだった。この半年は本当に元気をなくして希望を失っていたから、小さな一歩を達成できたことに涙が出そうになった。また、参加していた人たちからの温かい言葉には本当に救われた。


先生から頂いたメイルを少しだけ引用して、これからの励みにしたい。


When you performed with piano on Friday, you were a different player indeed, with a sound and poise that allowed you to be your true self.


I feel that you will find that way in time, and you have a lot of inner strength. 



もっともっと上手くなって、また会うときにはもっといい音楽を聴いてもらいたい。そして、上達を喜びあいたいと思う。