2013年1月7日

手習いは坂に車を押す如し








ほぼ一年ぶりの更新。
昨年の同じ時期に抱負らしき日記を書いていて、その最後に「自分自身には頼れるように、いろいろやってみよう。」とあった。2月にこのブログはもう更新することもないと思って以来、自分でも読み返していなかったのだけど、久々に開いてみたら、このように目標や自戒となるようなことがいろいろ書いてあったのであった。そんなわけで今年も書くことにする。



2012年は、身体の不調に悩まされた年であった。家でじっとしているしかない時間も多かったので、本を読むか小さなものを作り続けるかしていた。また、少しでも気力があればなるべくチェロの練習に行くようにした。


1. チェロ 
2012年はチェロをしっかりやろうと決心した。素晴らしいチェロの先生に出会って4年目、帰国して3年目、ここで一定の結果を出さねばと思ったのであった。基本的には一人で、初心者になったと自覚して、いろいろ工夫しながら姿勢や弓の持ち方を矯正していたのだが、その他にも、「外へ向けた音楽をしよう」という大志を抱いて練習した。

それなりに大きな進歩があったと自分では思う。やはり独り言のようなブログとはいえ、外に宣言しておいたのが良かったのかもしれない。また、苦しさの一部は、チェロを頑張ったことで乗り越えることができた。
夏にはフランスで開かれたサマーコースに参加して、先生やチェロの友人たちから、「すごく変わった」「語り始めた」と言っていただけた。そして、先生から一段上のレベルの宿題をたくさんいただいてきた。 嬉しかった。
また、私は、緊張して頭が真っ白になると、変なことを言ったり身体がかたまって何もできなくなったりしてあとから悲しい思いをすることが多いのだが、そしてこの傾向はチェロの場面で最も強いのだが、昨年ソロを弾いた時には、開き直った気分で演奏中に周りの雰囲気を感じることもできて、自分が一番びっくりした。

自分の音楽が少しずつ外へ向いてきたのは、一人でできたわけではなく、音楽に対して真剣な人々との会話があったから、また普段練習に行っているスタジオの店員さんがいつも親切にしてくれたから、それに、いつもあたたかく見守ってくれる先生や友達がいるからだと思う。

しかし、依然ようやく初心者を抜け出そうとしているレベルであることに変わりはない。課題も改善すべきところも山積み。むしろ少しレベルが上がって、やるべきこととして名前を付けられる課題は何倍も増えたように思う。
今年は、音楽の勉強に力を入れるとともに、もっと自分の音楽について深く考え、表現していきたい。


2. 作ったもの
何かを作るのはいつでも楽しい。

一番上の写真は、昨年編んだもの。
約2年前に始めたかぎ針編み、昨年初挑戦したクロバーのミニ輪針でいろいろ作った。ミニ輪針ではハンドウォーマーを4つとミトンを編んだ。ネット上では針が短すぎて使いにくいという意見が多かった輪針、私は5本針よりずっと使いやすいと思う。

ブックカバーは3つ作った。どれも好きな布を手縫いしたのだけど、新書にはすこし小さかったり、本がすべってしまったりと、改善点が多い。1ミリの裁断の差、布の質が使いやすさに大きく影響してくる。いくつあっても良いものなので、気に入ったものができるまで作り続けたい。


手縫いでは、ほかにポーチや小物入れ、シュシュなどを作った(写真3つめ)。ミシンがないので手でちくちく縫ってるのである(ちくちく、という擬態語は誰が言い出したのか知らないが、この地道な作業にぴったりの表現だと思う)。使えるものを作るとバッグの中が片付く。それにしても、手縫いはやりがいがあるものの、失敗するとすごく目立つので悔しさもひとしお。

(一番下の写真)クロスステッチ暦も1年になった。図案を見ながら刺繍したものについては、小さな栞からお友達への贈り物までいくつか仕上げることができた。今年はぜひ自分で描いた図案を作品として完成させたい。また、チェロの刺繍図案を改良して、より本物に近いものを作ろう。

昨年は油絵は2枚しか描かなかった。今年は大型の絵を描きたい。


3. 人生 
人生80年を24時間に喩えると、自分のいるところはだいたい朝の九時半。そう思えば、まだまだやりたいことも、やるべきことも、できることも山のようにあるような気がする。でも、この計算だと1年は18分。ぼんやりしていたらあっという間に過ぎてしまう。
周りの人や日々の小さな出来事がくれる幸せを受け取る気持ちのゆとりを持ち続けたいと思う一方、自分で幸福を生み出そうとする努力が必要なんだと感じる。そう思っていても、精神的に辛いことがあったり、身体の具合が悪かったりするとどうしても塞ぎ込んでしまい、なんだか自分のことをみすぼらしく感じてしまう。後ろ向きな思考回路は何もいいことを生み出さないのに。昨年末、不調が続いて気持ちが沈んでいるとき、友人が、「今、癒しがブームになっているけれども、癒されることばかりを求めて、自分の心を自分で癒す力がない人が多いのではないか」という趣旨の故河合隼雄氏の言葉を贈って励ましてくれた。きっと、自分の心を自分で癒そうとする力を持たなければ、他の人も大切にできないだろう。

今年も一日一日、大事に生きて、たくさん勉強して、たくさんものを作りたい。 

2012年2月3日

最高気温マイナス三度


ベストを編み終えた。上の写真は裏側。下のしましまが表側。 
参考にした編み図よりも身頃を小さくしたのだが、小さくしすぎてしまって、私にはサイズが合わない。ほどいて編み直すほうがいいんだろうけど、いままさに出来立てほやほやなので、もうしばらくは手に取ってにやにやしたり、無理矢理着たりしたい。出来上がりを見ながら工程の見直しをするのも大事。やり直しを考えるのはもうちょっと先にしよう…。  

これはほとんどがメリヤス編みなので、高度な技術を要する点は全然ないのだが、編み地をきっちり揃えるのに腐心した。 







 
ところで、完成させるにあたっては、橋本治氏の『男の編み物(ニット)/手トリ足トリ』という本がかなり役に立った。 
「この本は、セーターなんか編んだことのない男性にセーターの編み方を教える本です。」という書き出しで始まるこの本には、最初の宣言通り、セーター作りに必要な全てが載っている。実は、よくある女性向けの「初めてのかんたんセーター」というような本というのは、書かれていない重要事項がかなりあるのだけど、この『男の編み物』には、「わかってあたりまえ」という感じですっとばされている部分がない。毛糸の選び方、編み針の種類、毛糸屋さんに行く時の注意… そんなところから始まって、基本の編み方(図もひとつひとつ手描き)、はぎ合わせ方、超弩級の編み込みセーター(東州斎写楽の絵や桂昌院打掛の写し等の模様が最も細い1号針で全面に編み込まれた作品等。普通の精神力では到底不可能である)の作り方まで、一つ一つの説明が橋本治氏独特の理屈だらけの文でこまかーーく書かれている。ちょっとくどいけれど、非常にわかりやすい。だからこそ、「ここまで書いてるんだから、わからないからできませんなんて言い訳はさせないよ。とにかく完成させなよ。」という厳しいメッセージが伝わってくるわけだけど。それから、男性の文筆家が編み物の本を書く、という企画そのものも面白いが、セーターの作り方の他にも、男の人がセーターを編むことの意義についても熱く語っていたりして、読み物としても奥が深い。 
それにしても、最近は編み物をする男性も増えているようだが、橋本治氏がこの本を出した1983年当時は、ものすごく奇異な目で見られたことだろうと思う。勇気ある立派なオタクの方だ。 
ついでに書いておくと、『わからないという方法』(集英社新書)という本も面白かった。私はこの人の書くものは、誠実な人柄があらわれているように思われるから結構好きなのである。 

というわけで、書き出しの分の条件には私にはあてはまらないが、(セーターは編んだことがあるし、私の性別は女である)「かゆいところに手が届く」とはまさにこのこと、襟の目の拾い方やとじはぎなど、常に傍らに置いて参照し、サイズは少々おかしいけど、着られる形にできたのである。 


 
棒針編みはそこそこ長くやっているが、裏編みに自信がなかった。表編みの倍も時間がかかっていたし、なかなか納得のいく美しい編み地にならない。でも一応面にはなるし、と、気にはなりながらも独自のやり方のままにしてたのである。しかし今回、このベストの前身頃を作る時には、前述の本や編み物のビデオを見て基本の編み方を習い直してみた(後ろはだいぶ前に出来ていた)。これ以上無理というレベルで集中して真剣にやってみたら、自分でもびっくり、すぐに矯正できた。チェロでは癖を直すのにかなり苦戦しているので、本当におどろいた。魔法みたいだ。正しいフォームで編むとさくさく進むし、編み目も揃う。後ろ身頃よりも前身頃のほうがずっときれいに仕上がった。嬉しかった。